とわ

ようやく晴れ間が見えたからその日の朝はいつもの階段丘へ行くことにした。
最近とみに思うのは、触れるための手と伝えるための声を失ってでも
視点そのものになって漂っていたいということ。
因果律の外から干渉しない領域から地上世界を鑑賞したい。
実際そういう神々もおわしますのではないかなと。
その結果に拘泥せず、その理由を追究せず、ただただクリアに全てを視ていたい。
限りなく薄い個というアイデンティティを保ったまま空気中の構成成分と調和していたい。
どうしたって場所をとって、関わり合って行くということは
生きて行くことでとてもリアルで必要なことで、多分ワクワクすることだけど。
どれかひとつの感覚をきっかけにそれ以外のいくつかが発火していく感覚。
目を閉じていてもその光景の中にいるし、リアルな手触りや音質がある。
夢は脈略なくそれを語るけど鮮明。現象世界は理路整然としてるが希薄。
脈絡なく、でもそれを平然と受け入れて、全て鮮明に知覚する感覚世界に浸りたい。
自己をもっと軽減していけばそこへ到達できる気がしている。

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