音フェチ

いつか完全に趣味全開の音を集めたコンピレーションアルバムを作りたい。自分のために。
3Dのマイクで森や山や海の音を録ったり、音楽とか旋律じゃなくて、
ひたすらいい音だなぁと思うギターの音色を録ったり。
音質だけをいろいろ並べて、なんの秩序も法則性もないのに自然と息遣いが感じられるような。
駅前雑踏の近くのカフェで録った音とか録音してあとで聞き返すと飽きない。
メロディラインとか歌詞とかそういうのが一切ないのに、
めちゃくちゃ音楽的でストーリー性がある純文学を見ているような感覚。目は閉じているのに。
不謹慎な想像かもしれないけど、この世界を楽しむという視点からすると
盲目であることはノイズが少なくて、エッセンスの詰まった感覚体験なのかも。
声質とか喋り方で個人を識別していて、それと同じ感覚で
波とか木と木が擦れ合う音とか弦が振動する様子とかを詰め合わせたもの、
素材をそのまま味わうレシピ集。聞こえる事実に感動できるような。

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想像した未来

タイムマシンに乗って未来人がやってきた!
というような話はよくある。
でも普通の人は一瞬前に映し出された映像を脳の回路を通して認識している。
だから、常に過去を見ている僕らは未来人であり続ける。
警告を発して混乱を招く未来人というのは
僕らの内奥の不安と期待を投影している。
本当に見たいのは過去から突然未来にやってきたトラベラー。
あらゆる変わったものへの驚きと喜びと変わらなかったものへの畏敬と愛情で、
通り過ぎたと思っていたものが現在という未来に到着する瞬間だ。
過去を携えて今にやってきた人っていうのは全人口を占めるわけだけど、
そのように振る舞える人は多くはない。
いつだって不安と期待を持て余した未来人。ここにないものばかり欲しがる。
嘘みたいな話だけれど以前未来を思い出したことがある。
日常で「あ、ここ前にきたことある気がする」というようなデジャヴはよくあったけど、
その時は明確に未来だと感じられた。根拠はないけどそんな映像を白昼に見た。
その意味はその時はわからなかったけど、今はよくわかる。
紆余曲折を経て回り回って巡り巡ってその場所を目指している実感。
でもそのことはしばらくは忘れよう。
驚きと喜びを感じられるトラベラーでありつづけよう。畏敬と愛情を永遠に忘れないように。

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