teardrop

記憶にある限りで泣かなかった年は2007年と2014年。
歳を重なる毎に少なくなるのはそりゃそうかって感じだけど。
涙を流す理由は様々だけど本気で泣けないとどこか空虚な感じがする。
涙活って言葉があるくらいに泣くことですっきりすることはたくさんある。
2008,2011年あたりは自分のキャパ以上に悲しいからって理由で泣いた気がする。
悲しい出来事があってつらいかといえばそれだけじゃなくて振り返ると深みを増す。
悲しいことがあったんじゃなくて悲しさを感じただけで。
悲しい気持ちを感じられなくなることが一番悲しいって思えた。
多分悔しかったり悲しかったりで泣けるのは、その時はそう思えなくても幸せなことだろう。
それほどまでに本気だったんだから。それは全然恥じることなんかなくて誇れることだろう。
逆に泣けなかった時期が長く続いたらそれほどまでに本気で生きてなかったのかも。
空虚な感じはでも悲しさにもちょっと似ている。打ち捨てられた家屋を思わせる。
悲しい気持ちになれなかったからといって悲しむべきでもなくて、
嬉し涙で埋めていけば多分それほどまでに本気で生きている証にもなるだろう。

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